21.09.30

顔の周りを飛んでいる蚊を見失った。こうなるともう、蚊がいま自分の身体のどこかを刺しているのかもしれないというぼんやりとした不安を抱えながら、どうかどこかに行っていて欲しいと祈ることしかできなくなる。数分経って、顔の一部が少し痺れて皮膚の感覚が鈍ってきたと思ったら、もうふくらみの輪郭をなぞれるくらいには腫れている。蚊に刺されたことに人間が気づくのはいつも全てが手遅れになった後だということを、まさにその手遅れになった後のいま感じるとき、この頬がただのひとつの鈍く動くだけの地面であるような気がしてくる。血は石油か地下水で皮膚は雨の降る前の草のような甘い匂いを放っている。皮脂は樹皮を削って染み出す乳香だ。