22.06.03
コインランドリーに向かういつもの道の途中にある家が取り壊されてめちゃめちゃになっていた。建物の取り壊しはいつも昼に行われて、夜にはそれが昼の終わりとともに中断されたまま、重機もさっきまで動いていたような格好で静止しているのでどきっとしてしまう。破壊の現場が、その豪快さや野放図をこちらに見せたくてこちらが現れるのをずっと待っていたかのように、それをつまびらかに露わにするために丁寧にストップモーションしているような様子。それがあまりに急なのでそこに何があったのかもう思い出せない。月曜日に洗濯物を乾かしに行くときにすれ違ったのが最後らしい。見知ったものはすべてこちらの了解なく壊れて無くなる。それが目の前から消えることに対して間に合うことはない。一方で魂の一部が勝手に色々なところに預けられているのか、すれ違う程度のものでもそれが無くなった際には何かが欠損した感じがする。その魂の空き領域をどうにかするために、何か置き土産と見做せるようなものを勝手に見つけて不在の主の依代にする。
22.05.26
セレモニーは何かと入り用なものが多いなとか思いながら友人の結婚式に参列する準備に色々と買い物をした。こういう準備にかこつけて物欲の制限を取り払うことを自分に許した。セレモニーの場において新郎新婦に贈ることができるのは祝儀とせいぜいこの身の存在くらいで、身なりを整えれば整えるほど二人へ贈与される祝福の純度は高まって結晶化していく。際限のない贈与の気持ち良さに昂っているときこれは戦争みたいだと思う。贈与も戦争もどちらもこのように、そのうちに蕩尽を含んでいる。
21.10.01
目の端で犬が暴れていると思ったら店員のおばさんがアイスの冷凍庫に値札を立てていた。レジに並んでいる人が目をひん剥いている。風がワッと吹いて子供がキャッと叫んでいる。大きくて柔らかいものに勢いよく抱かれる心地がして楽しいのだろう。
21.09.30
顔の周りを飛んでいる蚊を見失った。こうなるともう、蚊がいま自分の身体のどこかを刺しているのかもしれないというぼんやりとした不安を抱えながら、どうかどこかに行っていて欲しいと祈ることしかできなくなる。数分経って、顔の一部が少し痺れて皮膚の感覚が鈍ってきたと思ったら、もうふくらみの輪郭をなぞれるくらいには腫れている。蚊に刺されたことに人間が気づくのはいつも全てが手遅れになった後だということを、まさにその手遅れになった後のいま感じるとき、この頬がただのひとつの鈍く動くだけの地面であるような気がしてくる。血は石油か地下水で皮膚は雨の降る前の草のような甘い匂いを放っている。皮脂は樹皮を削って染み出す乳香だ。