21.05.28

 空が赤い。腕を宙に挙げて、皮膚が薄く染まるのを見ている。人間が作ったわけでもないのにこんな色の光が確かに差していること、すべての光が色を持っていることにしばらく当惑する。11年前に初めて夕焼けを発見した。iPhoneに乗り換えて、いつでも好きなように撮れるカメラをついに手に入れた頃だったと思う。その頃の自分のことについては、どんなことを話していたかとか、何を考えていたかとか、何に気持ちが動いていたかとか、ほとんど覚えていないけれど、どんな写真を撮っていて、そのときどうしてそれを撮ろうと思ったのか、ということは覚えている。Instagramのフィルターをかけただけの写真だけれど、そういう風に記録が残っているので一応思い出せる。世界が発光し、色を放っていることに驚いていたのだと思う。それはレンズとディスプレイを通すまで分からなかったことだ。すべてがシーンに見えてくる。光が差し色が映り、ものが動き世界が律動することのすべてに情感が伴って見えてしまう。それを写真の形にして留め置けることに全能感を感じていた。写真を撮ることは変わらず好きだけれど、もともとカメラを向けられることが苦手だったのを思い出してから、いまではカメラを向ける行為そのものは苦手になってしまっている。その振る舞いを演技だとして、その場に生起している現実に介入するための具体的なアクションとして遂行し切るだけの胆力、ひとや世界と誠実に向き合い受け止めるだけの倫理はまだ持ち合わせていない。カメラをひとに向けるほどの大人になり切れていないということだ。