21.06.19

 浴室から出るともう家を出る20分前になっていて、どうしてこんなことになったのか訳がわからず混乱した。呼吸を整え、シャワーとドライヤーで火照った身体が冷めたころ、六本木に着く。荒川+ギンズの作品はかなり不気味だと思う。目の前にあるものがいっさい何の比喩にもならないし何も表象していない。ただ岩みたいにがっちりと強制力を持った論理と科学だけがそこにあってそれがこの知覚と身体を作り変えていくみたいな感じ。樫村春香が荒川のことをアトリエの毛沢東と評していたけれどその通りだと思う。歩き方が変わったその足でコメダコーヒーに入って、何の食欲も湧かないのにまだ何も食べていなかったのでサンドを腹に入れるとどんどん腹が空いてくる。食欲が湧かないとき本当はどうすればいいのか分からない。どうしても食欲がないのに、食べることそのものに嫌気が差しているのに、健康を気遣って無理に食べているとき、それはひとの口にパンを押し込んでいるような扱いを自分の身体にしてしまっていることになりはしないのか。